高校生の娘のことです。
1年間同じクラスで過ごしたクラスメイトの名前、彼女は覚えておりません。
名前と顔が一致するの、半分くらいなのかな…?
それなりにみんなと仲良くやっている(本人談)
みんなと楽しそうに話しています(担任談)
けれども特別仲良くなった子はいないとのこと。
たまたま同じクラスになったからといって気が合う人がいなければ仲良くなれないのは仕方がない、と言っています。
お昼ごはんも別クラスの子(課外活動で仲良くなった)と食べるか、ひとりで食べるか、らしい。
そんな高校一年生ももう終わり、今は春休み。
学校生活をエンジョイしているのは傍目に見てもわかるので、余計な心配はしていないけれども、それでもやっぱり、自分の所属するクラスに気のおけない友人がいる安心感や幸福感は特別だと思うので、二年生になったら仲良しのクラスメイトができたらいいなあと願っています。
ちなみにわたしも高校生のとき、仲良しの友だちとおしゃべりするために休み時間は違うコースの教室(遠い)まで通っていました……
だから娘の感覚はよくわかるのです。
短い休み時間にどんな過ごし方をしているのかも予想がつきます。
わたしもそうだったから。
気が合う友だちができるかどうかなんて、運だもんね。
しょうがない。
そしてクラスメイトの名前を覚えられないのも、わかるのです。
わたしもぜんぜん覚えてないから。
あんまり大きな声では言えないけど、我が子の友だちの名前も覚えていない。親友レベルに頻繁に出てくる名前しかわからない。担任の名前ですらすぐに忘れちゃう。(さすがにリアルタイム担任の名前は覚えてるけど、2年前3年前となると怪しい)
自分自身の同級生のこともほとんど忘れています。
当時全員覚えていたかどうかも疑わしい。
みんな、よく覚えてるよね……
現実の人間のデータより漫画のキャラクターの背景の方が記憶に残りやすい。
子どもの同級生の母親なんて、懇談会で見知っているはずなのに、いつまでたっても誰のお母さんだっけ?と思っています。
見覚えはあるんだけど、定かじゃない。
「今日は寒いですねー」「ほんとにー」という内容ゼロの世間話しを「この人誰だっけ?」と思いながらして、最後までわからないまま「おつかれさまでしたー」と別れています。
学校の外で会うともっとわからない。
子ども関係の保護者なのはたしかだけども、上の娘(高校生)の親だったか、下の娘(小学生)の親だったかもあやふや。
いつもわからないまま曖昧に笑顔を浮かべて会釈しています。
こんなわたしに「クラスメイトの名前くらい覚えておきなよ」と言う資格なんてない。(でも言ったけども)
自分にはできなかったけど、我が子にはリア充になってほしい。
教室を居心地の悪い場所だと思って欲しくない。
友だち100人できるかな!な人気者でなくとも、ひとりポツンとしていてほしくはない。
いつでも2、3人の仲良しがいてほしい。
「文芸部に入ろうかなー」と言い出した娘につい反対してしまう母を許してほしい。
そのルートはかつて母も通った道…
モテないオタク女の道……
楽しくないとは言わないが、あたら若い時間、一度しかない青い春は、もっと日のあたるキラキラした場所ですごしてほしい。
わたしと違って休みの日にボランティアに出かける心優しい娘には、ワクワクする青春を過ごしてほしいと願ってしまう。
何を願っても祈っても、娘は自分のしたいようにやるだろうけれども。
子どもを見ていると、現在と(自分の)過去と(子どもの)未来とが同時にちかちかと明滅しているような気がします。